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梅干と昆布。

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びんぞことびじん。

突然わいてきたので昼休みに書きました。

よろしければおひまつぶしにどうぞ。




嫌だと思った。
(バッカじゃねえの?)
選択教室ばかりが並ぶ校舎の裏に呼び出された遥希は、こんなベタな場所に呼び出したクラスメートに対して心の中で悪態をつく。
朝起きたままとしか思えないボサボサの髪はいつからカットに行っていないのか想像もしたくないほど伸びていて、顔を覆っている。
加えて今では見かけることもないほどのビン底メガネ。
(マンガじゃねえんだからよ。ありえねぇ)
遥希よりも頭ひとつ分くらい高い位置にある顔の表情は鬱陶しい髪とメガネでほとんど見えない。
その男が、今目の前で、肩を窄めてモジモジしながら、遥希の答えを待っている。
(嫌だ、こんなもっさりした冴えないやつ。絶対に嫌だ)
遥希にとっては相手が男であることは大きな問題ではない。
おそらくそのことはこの男も知っているのだろう。
だからわざわざこんなところに呼び出して、遥希に言ったのだ。
『付き合ってください』と。
遥希はマジマジと男に視線をやった。
制服を寸分の乱れもなく着ている男とは2年になって同じクラスとなった。
加藤と梶井で座席は近かったものの、話したことなど一度もない。
遥希は同じクラスになるまで男の存在を知らなかったし、同じクラスで数ヶ月過ごしたが気にかけたこともなかった。
全くタイプが違うのだから仕方がない。
ただ、なんとなく予感していた。
男が遥希のことを意識していることを。
視線を少し落とすとグッと握り締めた拳が少し震えていた。
クラス内でもほとんど目立たず、全くパッとしない風貌から女子にもウザがられている男。
女子だけではなく男子からも相手にされていない男。
おとなしく冴えない人間というのはそういう自分のことを一番わかっているものだ。
そんな男が、告白するのにはどれほどの勇気が必要だったろうか。
遥希の整った顔が邪悪に歪んだことに男はもちろん気付かない。
「いいけど?」
「・・・・・・はっ?」
男が驚いて顔を上げる。
「ハッて何語尾にクエスチョンつけてんの?おまえが付き合ってくれっていうから、おれはかまわないって返事してんだけど」
絶句する男にかまわず続ける。
「ただし、条件がある」
「条件・・・・・・?」
驚いた表情を浮かべたまま、男が遥希の言葉を反芻した。
「キスでおれを酔わせることができたら」
遥希は自慢の笑みを男に向けた。
「キス?え、あ、キ、キス???」
もさもさ頭とビン底眼鏡のせいではっきりとわからないが、あからさまな動揺だけは見て取れた。
「おれ、キスするの好きなんだよね。だから、キスが上手いやつでないと付き合いたくないの」
もちろんデタラメだ。
気持ちイイことは好きだけれども、だからといってキスの上手下手だけで相手を決めることはない。
来るもの拒まずな男だと思われている節があるが、実際はそうではないのだ。
(うわっ、真っ赤になってるよ。図体がデカイだけに笑えるなこりゃ)
想像以上のリアクションに遥希はすっかり満足した。
人をからかうのは楽しいが、軽い冗談程度にしておかないと、後で嫌な思いをすることがある。
悪ノリしすぎて困ったことになった過去を思い出し、この辺で引いておくことにした。
嘘だよ嘘、悪いけど今は恋愛モードじゃないんだ、そう断ろうとした時だった。
ガシッと両腕を掴まれたと思いきや、次の瞬間にはくちびるあたりにむにゅっとした感触。
腕を振り払おうとしたけれど、相当強い力でホールドされているのかびくともしない。
まさかの行動に驚いたのはほんの一瞬で、男のあまりの不器用さに嘲笑する。
(いやいや、そこはくちびるじゃねえだろう)
プハッという空気音とともに感触が消える。
遥希の頬に当たってずれたメガネを慌てて直す姿は間抜けすぎてどうしようもない。
間近で見るビン底はありえないほど分厚かった。
(やっぱりありえない・・・ありえないけど・・・・・・)
ずれたメガネの隙間からほんの少し垣間見えた男の顔は、意外にもすっきりとした顔立ちだった。
その奥に隠れる瞳を覗き込むように顔を近づける。
「くちびるにキスすんの、ヤなの?」
遥希の中の悪い虫がムクムクと起きだし、それが蠱惑的な表情を作らせる。
男の遥希が美人だといわれる所以だ。
「そ、そんな!!!」
真っ赤になって否定する図体だけがでかい男なんて遥希にかかれば蛇に睨まれた蛙だ。
「あ、もしかして初めてだった?」
それ以上無理だろうという程顔を真っ赤に染めて男は至近距離にあった位置からカラダを少し引いた。
あまりの純情っぷりが予想通りすぎて、遥希はますます攻めモードになってゆく。
(ちょっとおもしろいかも・・・)
ちょうど退屈していたところだった。
男女関係なく恋愛対象に出きる遥希は、その容貌も相まってかなりモテる。
だが敷居が高いと思われるのか、正面から告白してくるのはかなりハイレベルな人間だけだった。
男ならイケメン、女なら美人で、見るからに自分に自信があるタイプばかり。
そしてどうしてだかそういう人たちは華はあるけど個性がなく、相手を喜ばせることにだけは長けていて、同じような恋愛パターンに持ち込まれることが多かった。
恋愛していると思っているのは相手だけかもしれないが。
この男のようなタイプは初めてだ。
リアクションが新鮮で、恋愛にも疎い。
(退屈しのぎにちょうどいいかも・・・)
「ま、いいや。練習すれば上手くなるだろうし」
「へ???」
いちいち間抜けな反応に、遥希はとうとう吹き出した。
「じゃ、明日の朝から一緒に登校な。迎えに来てくれよ。じゃあな」
何がなんだかわからない困惑の表情を浮かべて立ち竦む男に、遥希はひらひらと手を振り、背を向けた。

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